死別ブログで炎上?けんじやそれから、ちーちゃんなど…夫との死別のブログ(旦那の突然死のブログ、夫死別ブログ)、子供の突然死のブログなど


 

死別ブログで炎上とは穏やかでないが、

日本におけるネット文化のアングラな部分

象徴のような話。

 

 

死別ブログ炎上の詳細、

 

死生観を変えて
強いメンタルを手に入れるには?

 

これを知りたいあなたは

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人は大切な人との死別を経験すると

自分と同じ境遇にある人が

どうやって毎日を生きているのかを知りたくなる。

 

死別ブログを読み漁り、

自分と同じような人がいて、

死別ブログが炎上するのではと考えることも。

 

 

死別ブログからもしかすると

別れた大切な人のいる天に

自分の声が届くんじゃないかとか・・・

 

 

それぞれの境遇の死別ブログを見てみよう。

 

 

 

死別ブログで炎上?ちーちゃんやそれから…死別のブログ、けんじとの死別など

 

死別ブログを書くことで、

誰かに何かを語りかけて自分は生きていると

確認することで自分を保っていられる。

 

 

誰か自分と同じ境遇の誰かに、

この声が聞こえるのだろうか。

 

そんな思いで当てのない誰かに語り掛ける。

 

 

そんな精神状態の時は、

みんな自分と同じことをして

死別ブログが炎上するんじゃないかと考えたりする。

 

自分の大切な人が

自分の住む世界からいなくなったあと。

 

それから自分はどうやって生き、

どうして自分はこれから生きるのか

その意味を探し求めて。

 

 

自分が読んだブログ。

 

楽しいはずの海外留学。

 

 

ただドライブしていただけだったのに、

暴走車に突っ込まれ車を運転していたけんじは

突然向こう側の人となった。

 

けんじの22歳の誕生日の出来事だった。

 

 

2000年慢性骨髄白血病と診断され

14年半の闘病生活の末46歳という若さで他界した夫。

 

それからちーちゃんは

夫へ感謝の気持ちを込めてブログを綴っている。

 

 

同じような境遇の人たちと支え

癒し合えるたら思い「おしゃべりの会」を作った。

 

その事が朝日新聞に取り上げられ、

多くの同じような境遇の人達の癒し、

心のよりどころになっている。

 

 

 

夫死別ブログ…夫(旦那)の突然死…死別のブログがあまりに辛い

 

死別ブログを読むと

自分はとても息苦しくなる。

 

 

誰でもある程度の年齢になったら

大切な人との永遠の別れの経験はあるだろう。

 

ブログからその人のリアルな気持ちが

皮膚を突き抜けて体に入ってくるような気がする。

 

 

自分はこういう人が

周りにいても言葉をかけない。

 

もし自分なら、

何よりも悪気のない慰めの言葉が

一番傷つき辛いと思うからだ。

 

 

9歳離れた夫が41歳で突然死。

 

当時1歳と3歳の息子たちを残し

予兆もなく、ある日突然の出来事だった。

 

かわいいマンガ付きで

強く生きて行かねばという気持ちが

伝わってくるようなブログ。

 

興味のある人はこちらを。

 

【きみといっしょに~旦那が突然死にました。~】

 

 

20代で末期がんで夫を亡くし当時子供は1歳。

 

前に進んでいかなくてはという気持ちで

ブログを綴っている。

 

【mahaloakua夫を死別それからの生き方∞セラピス】

 

 

 

子供の突然死…死別のブログ。厳しい現実に向き合う人々

 

子どもが親よりも早く

この世を去ってしまう苦しみ。

 

死別の悲しみは例えようもないものだ。

 

 

ブログから少し離れてしまうが、

エリック・クランプトンの

 

『My Father’s eyes』

『Tears in Heaven』

 

という曲を知っているだろうか。

 

 

4歳だったクランプトンの息子コナーは

53階の自宅窓から転落して亡くなった。

 

クランプトンは

息子を失った悲しみを乗り越えるために

音楽を通して叫びつづけた。

 

彼の歌声とギターが悲しく響く。

 

 

自分はこの2曲を聴くたびに心が震える。

 

 

子供を置いての死別は身につまされる。

 

自分の友人デニーは

36歳の若さで大腸がんで他界した。

 

なかなか治らぬ風邪を引いたと思っていたら

あっという間の一年だった。

 

当時子供は5歳と9歳。

 

3か月間ホスピスに居た時、子供たちをあとに

旅立たなくてはならない事を知っていたデニーに、

自分はかける言葉が見つからなかった。

 

去っていくデニーの姿、家族のこれから。

 

彼女の居ない明日という現実。

 

明日はもう母と会えないとは

どういう意味なのか、

子供たちに説明しなくてはならないデニーの夫。

 

でも彼は泣いていなかった。

 

泣いていない彼を見るのが辛かった。

 

人はきっと悲しすぎると

涙が出ないのだろう。

 

 

 

まとめ

 

愛する人を失った時、

残されたものの痛みと喪失感は計り知れない。

 

 

クランプトンは息子を亡くして

12年後にこの曲を歌うのを止めた。

 

彼はこの曲が薬となり

救われたと述べている。

 

 

愛する人を失った悲しみを

何かと置き換える事はできない。

 

ただ、悲しみは時間と共に

少しずつ形を変えて

人々の心の中に刻まれていくのだろう。

 

 

自分と同じく子供との死別を経験した、フィリピーナのエドナ。

彼女の前向きな笑顔に、今も癒されている。

 

 

 

PS.

俺自身の死別の体験は、あまりにも多くの人が読む

このブログには書きたくない。

 

そこで、価値観でつながれる仲間だけに、

ニュースレターで壮絶な体験をお伝えした。

 

 

これを機会にご縁でつながれたら嬉しい。

 

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コメントは5件です

  1. まいやん より:

    死別ブログは読んだことがありません。なんだかとっても辛そうなので。
    闘病ブログはよく読みます。
    闘病している人のブログも辛いのですが、それでも元気貰えます。
    みんなとても頑張っているから。

  2. さえ より:

    ブログってたしかに自分がここにいる証というか、誰かに存在価値を示している気がします。
    リンクされてあるブログ辛そうで見れませんでした(>_<)

  3. さなえ より:

    私も父を亡くした時に、少し経ってから死別ブログを良く読みました。
    そして、みんな同じ気持ちなんだな、自分たけが悲しい思いをしている訳ではないんだなと前向きな気持ちになれました。

  4. とも より:

    死別された方のブログは見たことがありませんでした。
    昔、恋空?がそんな感じだったイメージですが、そう言われてみたらセカチューとかもですね。

  5. きんきん より:

    闘病のブログは読んだことがありますが、死別ブログはありません。
    きっと書くことによって、気持ちが落ち着いていくのでしょうね。
    そんなブログで炎上することなんてあるのですか?

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